奈良地方裁判所 昭和43年(ワ)264号 判決 1971年8月06日
原告
林弘一
被告
森口福次
ほか二名
主文
一、被告森口福次は原告に対し金二七四万二九三一円および内金二四九万二九三一円に対する昭和四一年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告森口福次に対するその余の請求ならびに被告日立クレジツト株式会社および被告奈良家電株式会社に対する各請求はいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、原告と被告日立クレジツト株式会社および被告奈良家電株式会社との間では全部原告の負担とし、原告と被告森口福次との間では原告について生じた費用を三分し、その一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とする。
四、この判決は、原告において金八〇万円の担保を供するときは、原告勝訴部分につき仮に執行することができる。
事実
(原告の陳述)
第一、請求の趣旨および申立
一、被告らは各自原告に対し金三八七万七七二一円および内金三五二万五二〇一円に対する昭和四一年九月一〇日以降支払済まで年五分の割合の金員を支払え。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
三、仮執行宣言
第二、請求原因
一、原告は次のとおり交通事故により負傷した。
(一) 日時 昭和四一年九月九日午前三時二〇分頃
(二) 場所 天理市稲葉町一一九番地国道二五号線上
(三) 事故車 小型四輪貨物自動車
(四) 運転者 被告 森口福次
(五) 被害者の事情 四輪貨客用自動車運転
(六) 事故の態様
原告が右国道上を右被害自動車(以下原告車という。)を運転して東から西に向つて進行し、右事故の場所にさしかかつた際、被告森口運転の事故車が反対方向より東進してきて、急にセンターラインを越えて突進し、原告車の右前部に斜方向より衝突したため、原告車は道路南側水田に転落して転覆大破した。
(七) 負傷および治療経過
(1) 負傷内容
右大腿骨複雑骨折、右脛骨および腓骨完全骨折、右側胸部、右肘関節部および左膝関節部挫創、前胸部挫傷
(2) 治療経過
(イ) 昭和四一年九月九日より同年一一月二日まで天理市川原城町所在勝井病院に入院
(ロ) 昭和四一年一一月二日より昭和四二年七月一九日まで奈良県立医科大学付属奈良病院入院
(ハ) 昭和四二年七月二〇日より同年一一月二六日まで同病院に通院
(ニ) 昭和四二年一一月二七日より同年一二月八日まで同病院に再入院
(ホ) 昭和四二年一二月九日から昭和四三年二月七日まで同病院に通院
(ヘ) 昭和四三年四月一〇日より同年六月三日まで大阪市北区浮田町所在行岡病院入院
(ト) 同年六月四日より同年六月二九日まで同病院通院
(3) 後遺症
(イ) 右膝関節屈曲運動障害
可動範囲
(伸展) (屈曲) (可動域)
右 一八〇 七〇 一一〇
左 一八〇 三〇 一五〇
(ロ) 右足関節背底屈運動障害
可動範囲
(背屈) (底屈) (可動域)
右 一〇五 一五〇 四五
左 八五 一六〇 七五
二、帰責事由
(一) 被告森口福次は、ハンドルを切り誤つた過失により、事故車をセンターラインを越えて突進させたため、前記のとおりの事故を惹起せしめたものであつて、民法第七〇九条の不法行為による損害賠償責任がある。
(二) 被告森口福次は、日立家庭電気器具の販売取次員であつて、日立家庭電気製品を専属的に販売する被告日立クレジツト株式会社(以下被告日立クレジツトという。)か、被告奈良家電株式会社(以下被告奈良家電という。)より、販売取次の依頼を受けて営業をなしているものであり、被告日立クレジツトは被告奈良家電、被告森口を通じて直接消費者に日立家庭電気製品を専属的に販売せしめ、被告奈良家電は被告日立クレジツトより、被告森口は被告奈良家電より、その売上高に応じて一定の売買手数料をそれぞれ受取るものである。このような経済的系列関係にあるものは、その商品の販売に際して第三者に加えた損害についても当然その責任を負担すべきものであり、被告森口の本件事故車の運行につき、被告日立クレジツトおよび同奈良家電はいずれも運行利益の帰属主体で、かつ運行支配権を有するものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)第三条の運行供用者として、本件事故によつて原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
三、損害
原告は、事故当時奈良県橿原市内膳一八二番地所在の町田電設商会に勤務していたものであるが、本件事故により前記のとおり負傷し、入院および通院による治療を受けたが、なお前述の後遺障害があり、五九三日間休職し、多大の損害を受け、精神的苦痛も大なるものがある。よつて左記金額の損害賠償を請求する。
(一) 自動車修繕費用 金二三万二二七〇円
(二) 休職による損失(一日の収入金一六二八円二〇銭の四〇%相当額の五九三日分) 金三八万六二〇九円
(三) 入院中の諸雑費 金九万六七二円
(四) 通院のための交通費 金一万六〇五〇円
(五) 慰謝料 金二八〇万円
(六) 弁護士費用 金三五万二五二〇円
以上合計金三八七万七七二一円
四、よつて右損害賠償金三八七万七七二一円およびそのうち弁護士費用を除く金三五二万五二〇一円に対する本件事故の翌日である昭和四一年九月一〇日以降支払済まで民法所定の年五分の遅延利息の支払を求める。
(被告森口福次の陳述)
第一、同被告の求める判決
原告の請求を棄却する。
第二、請求原因に対する答弁
一、請求原因第一項の事実は、(七)の(3)の事実を除きすべて認める。
二、請求原因第二項の(一)は争う。本件事故については同被告と原告の双方の過失が競合している。
三、請求原因第三項は争う。
(被告日立クレジツトの陳述)
第一、同被告の求める判決
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、請求原因に対する答弁
一、請求原因第一項は不知。
二、同第二項は否認。
三、同第三項は不知。
(被告奈良家電の陳述)
第一、同被告の求める判決
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、請求原因に対する答弁
一、請求原因第一項は不知。
二、同第二項の被告奈良家電が本件事故車の運行供用車であることは否認する。すなわち、本件事故当時、被告森口は、南海電鉄の車掌が本職であり、家庭電器製品類の販売の方は副業であつた。仮に副業とはいえないとしても、少くとも両者は同被告の生活に同じ程度の比重をもつものであり、同被告の生活全体が日立家庭電気製品の販売にかかつているものではない。そして、本件事故は同被告が大阪の友人宅へ行つて南海電鉄の労働組合の話をしたあと、自宅へ帰る途中の出来事であるから、そのときの同被告は南海電鉄の車掌として行動していたものである。しかも、同被告の運転していた本件事故車は被告奈良家電の所有でもないし、同被告が被告森口に購入させたものでもない。更に右事故車につき被告奈良家電は、指揮、命令、依頼その他いかなる方法によつてもその運行を管理していたものでもない。以上の事実関係のもとにおいては、被告奈良家電は本件事故車につき運行供用者としての責任を負うべき理由はない。
三、請求原因第三項は争う。
(証拠)〔略〕
理由
第一、交通事故の発生と原告の負傷
一、被告森口に対する関係では請求原因第一項の事実は(七)の(3)の事実を除き当事者間に争がない。
二、被告日立クレジツトおよび被告奈良家電に対する関係でも、〔証拠略〕により、請求原因第一項の(一)ないし(六)のとおりの交通事故が発生し、原告が同項の(七)の(1)のとおりの負傷をしたことが認められる。
三、〔証拠略〕により請求原因第一項(七)(2)の(イ)ないし(ト)のとおり(但し、(ヘ)の六月三日まで入院とあるのは六月二日までに、(ト)の六月四日から通院とあるのは六月三日からに各訂正)、原告が本件事故による前記負傷の治療のため、それぞれ入院および通院加療を受けたこと、その間骨折治療のため、奈良医大において髄肉釘による観血的整復術およびその釘抜去のための再手術を、行岡病院において残りの釘抜去のための手術を、それぞれを受けたこと、また各通院期間中は日曜およびその他の休日を除く毎日各病院に通院していたことがそれぞれ認められる。また、〔証拠略〕により、原告が、右治療により負傷が治ゆした後も、請求原因第一項(七)の(3)のとおりの後遺障害があるほか、右下肢が二センチ短縮して脚長差を生じ、右股関節の内旋運動障害の各後遺障害があり、これらを綜合すると後遺障害等級の一一級に相当することが認められる。
第二、被告日立クレジツトおよび同奈良家電についての帰責事由の存否
一、原告は、被告森口が、右被告両名の専属的販売取次員であつて、右被告両名とそれぞれ経済的系列関係にあることを理由に、右被告両名が被告森口の本件事故車の運行につき自賠法第三条の運行供用者としての責任を負うべきであると主張する。そこで被告ら相互の関係について検討すると、〔証拠略〕によると、被告ら三者の間に次のような取引関係のあることが認められる。すなわち、被告日立クレジツトは日立製作所製家庭電器製品(以下日立電器製品という。)の割賦販売業を営む株式会社、被告奈良家電は訴外日立家庭電器株式会社の奈良県における総代理店として日立電器製品の卸売業を営む株式会社、被告森口は南海電鉄の車掌として勤務するかたわら、自宅において森口電器商会の名称を用いて家庭電気器具類の販売店を営む者であり、被告森口は、被告日立クレジツトとの間では日立月賦取扱店契約を締結してその月賦取扱店となり、また被告奈良家電との間では販売店契約を締結してその販売店となつていたものである。そして、被告森口と被告奈良家電との間の関係は普通の卸売店と小売店との関係であつて、被告森口は被告奈良家電より日立電器製品を仕入れてこれを一般顧客に販売するのであるが、被告森口が日立電器製品を小売販売する場合には、現金販売と割賦販売とがあり、割賦販売には更に小売販売店が自ら割賦販売の売主となつて、自ら分割払により代金を回収する自店月賦の場合と、メーカー専属の割賦販売専問業者である被告日立クレジツトが取扱うクレジツト月賦(メーカー月賦)の場合とがある。そしてその後者の場合、実際上は被告森口と顧客との間で商談が成立し、同被告が被告奈良家電から仕入れた商品を顧客に販売することには変りはないが、形式上は被告日立クレジツトが被告森口からその商品を買取つて被告日立クレジツトが顧客に売渡すことになるので、被告森口が被告日立クレジツトを売主とする売買契約書を作成して同被告にその取引を引継ぐと、同被告は被告森口に対し、その商品の仕入代金とともに一定の販売手数料を支払い、被告森口はその仕入代金を被告奈良家電に支払つて同被告からの仕入代金を決済し、手数料の方は被告森口の収益となる。一方被告日立クレジツトは顧客に対し直接売主の地位にあり、代金債権も同被告に属し、同被告が自から割賦代金を取立てることになるものである。従つて、この場合、被告森口は、被告日立クレジツトの月賦取扱店として、同被告を代理して顧客との間の売買契約を締結するものであるから、同被告のために平常その営業の部類に属する取引の代理または媒介をなすことになり、同被告に対しては商法上の代理商の関係にあるものと認められる。
二、右認定のように、被告森口は、その余の被告両名との間でそれぞれ日立電器製品の販売に関して継続的な取引関係にあり、被告ら三者はメーカーを頂点とする一連の販売流通過程の中に位置を占めているので、一般にいうところの系列店としての関係にあるものと認められるが、そのような取引上の系列関係にあるからといつて、それだけでただちに運行供用者の責任を肯定することは早計であり、系列関係とはいつても種々の場合が考えられるので、実際にどの程度一方が他方の営業の運営管理に関与し、また指導監督を行つているかを検討し、それによつて運行支配の有無と運行利益の帰属者を決定すべきである。
三、前記認定のように、被告ら三者は一応系列関係にあるということはできるが、それぞれ別個に独立した企業主体である。そして、被告奈良家電と被告森口とは、前述のように普通の卸売店と小売店との関係であり、継続的取引契約を結んではいるものの、対等な立場による商取引であつて、被告森口が被告奈良家電に対し専属的あるいは従属的関係にあるわけではないし、〔証拠略〕によると、被告奈良家電としては商品の売買取引以外には被告森口の営業に対し資金の援助もしておらず、その他指導監督等の行為も全然行つていなかつたことが認められる。もつとも、〔証拠略〕の販売店契約書には、被告奈良家電が、被告森口に対し、帳簿、伝票等の閲覧や在庫商品の点検を行つたり、営業上の報告を求めることができ、また被告森口の方ではその営業および資産状態に重要な変動がある場合には、事前に被告奈良家電に通知することが定められているけれども、これらの約定ももつぱら被告奈良家電の債権確保のためのものであつて、被告森口の営業に対し積極的に指導監督を行おうとする趣旨のものではない。そうすると、商品の仕入ということ以外には、両者の間には特別の関係は認められず、右のような関係においては、被告奈良家電は被告森口の営業について何らかの支配力を及ぼし得るような地位にあるものとはいえないので、被告森口が自己の営業に自動車を用いていたとしても、その運行を支配する立場にあるものとは認められない。また、被告奈良家電が被告森口に対する関係で経済的利益を受けるとしても、それはあくまで電器製品の卸売という純粋な商取引上の利益であつて、被告森口の営業用自動車の運行とは全く無関係なものであることは明らかである。従つて、被告奈良家電は本件事故車につき運行支配も有せず、また運行利益の帰属者でもないものというべきである。
次に、被告日立クレジツトに対する関係では、被告森口は代理商の立場にあることは前述のとおりであり、また〔証拠略〕によると、同被告は、被告日立クレジツトが売主となつたメーカー月賦の分についても同被告に代わつて顧客より集金していたことが認められるので、被告森口が被告日立クレジツトの業務の一部を代行する形になり、従つて同被告の業務に対し補助的、従属的な関係に立つことにはなるが、従属的とはいつても業務の内容が被告日立クレジツトのためのものであるというだけで、全く別個独立の企業主体であり、被告森口がその業務を行うについても被告日立クレジツトからいちいち指揮監督を受けることはなく、また格別助言や援助を受けてもいないものと認められる。もつとも前出丙第一号証の月賦取扱店契約書には、被告日立クレジツトが被告森口に対し、月賦取扱方法について指示、指導、援助を与え、また同被告の帳簿、伝票類の閲覧、点検、報告要求等を行うことができる旨の条項があるけれども、それらはもつぱら債権確保という目的からのもので、積極的に営業に関与しようとする趣旨ではないことは明らかであり、実際にそのような指導、助言等も行われていなかつたことは右に述べたとおりである。しかも、被告森口は、法形式上は代理商と見るべきではあつても、それは同被告の本来の業務というよりは、もともと同被告自身が顧客との間で行つた取引を、メーカー月賦の方式で取扱うための処理方法に過ぎないものであり、その意味からいつても被告日立クレジツトとも単なる取引先としての関係以上のものではないと見るのが妥当である。従つて、被告森口の営業用自動車の運行についても被告日立クレジツトからは何ら支配力を及ぼすような関係はなく、またその運行による利益とも無関係なものと見るべきである。
四、以上の説明のように、被告日立クレジツトおよび被告奈良家電は、被告森口に対し、それぞれ系列店として継続的な取引関係にはあることは認められるが、いずれも単なる取引先としての関係以上には出ないものであり、同被告の営業の運営管理には何ら実質的な関与を行つていないことは明らかである。従つて被告日立クレジツトおよび同奈良家電は、ともに本件事故車につき運行支配、運行利益を有しないものであるから、自賠法による運行供用者としての責任を負うべきではない。結局、原告の右両被告に対する各請求はいずれも失当といわなければならない。
第三、被告森口についての帰責事由
一、〔証拠略〕を綜合すると、本件交通事故の状況は次のとおりである。すなわち、被告森口は、本件事故現場の道路を本件事故車を運転して、激しい雨の中を、時速約五〇粁で西から東に向つて進行し、事故地点にさしかかつたのであるが、前方より対向してきたレツカー車があり、同車がセンターラインに右車輪が接するほど中央に寄つて走つていたので、被告森口は接触の危険を感じ、避けようとしてハンドルを左に切つたところ、丁度その個所の道路左側端に沿つて約六五米の長さにわたり、二〇センチないし一米の高さで、道路左側端から道路内側へ九〇センチのところまで土砂が堆積していたため、その土砂に左車輪を乗り上げた。そこで、制動をかけてハンドルを右に切つたところ、事故車は中央線を越えて反対車線の中へ進入し、そのときその反対車線内の中央線より南へ約一米の個所を反対側から対向してきた原告運転の小型四輪貨物自動車の前部に激突し、その衝撃で原告車を道路南側の一米の土手下の水田内に転落させたものである。以上の認定事実については、右認定を覆すに足る証拠はない。
二、右認定事実から認められるように、本件事故は、被告森口が、当時雨のため視界が悪い状況でありながら、時速約五〇粁という高速度で、しかも前方の道路の状態を十分に確認しないで走行したため、前記のような土砂の堆積に気付かず、レツカー車との接触回避の際、ハンドルを左に切り過ぎて土砂に乗り上げ、更にその後ハンドルを右に切り過ぎて中央線を越えて反対車線内に逸走したために起きたものであり、同被告の前方不注視と運転操作の誤りが原因であつて、同被告に過失のあることは明らかである。これに対し原告の方は、自己の走路である西行車線内を正常に走行していたものであり、特に事故の発生に影響を及ぼすような過失があつたものとは認められない。従つて、本件事故は、被告森口の一方的な過失によるものといわなければならないから、同被告は、民法第七〇九条の不法行為者としての損害賠償責任を負うべきである。
第四、過失相殺の要否
被告森口は、本件事故については原告にも過失があつた旨主張し、〔証拠略〕においても、事故車が土砂に乗上げたあと、片車輪の不安定な状態で蛇行するように異常な走り方をしていたのであるから、対向してきた原告も、前方を十分に注視していれば事故車のその状況に気付き、これを安全に回避することができた筈で、その点に原告にも過失がある、という趣旨の供述をしている。しかし、前記認定の事故の状況においては、突発的、瞬間的な事態に対向車にそこまでの注意を要求することは無理であると考えられるし、原告は自己の走行車線内を正常に走行していたものであつて、特に不適当な運転をしていたとも認められないので、原告の過失を認めることはできない。従つて過失相殺を行う必要はないものと考えられる。
第五、損害
一、自動車修繕費用
原告は、本件事故による原告が運転していた被害自動車の破損の修理費用として金二三万二二七〇円を請求している。しかし、〔証拠略〕によると、右被害自動車は原告の所有ではなく、原告の雇傭主である町田電設商会こと訴外町田昌三郎(以下町田電設という。)の所有であるが、右町田電設においては従業員が町田電設所有の自動車を運転中事故により自動車を損傷した場合、その従業員の故意過失の有無にかかわらず、その従業員において修理費を負担する旨の取決めがあり、そのため本件事故の場合も原告が右被害自動車の修理費用を負担することになつたというものである。そうすると、右被害自動車の損害は直接には町田電設の損害であり、原告は本来その損害を負担すべき責任がないにもかかわらず、雇傭主である町田電設との間の右のような取決め、すなわち町田電設との間の特約によりその損害の負担を引受けざるを得なくなつたというものである。原告が町田電設との間でそのような契約をなすことは自由であり、従つて本来責任のない義務を引受けることを町田電設に対する関係では否定すべき事由はないが、そのような特別の事情から負担することになつた損害は、本件事故によつて原告に通常生ずべき損害とはいえないので、相当因果関係の範囲内の損害として認めることはできない。従つて、原告が右特約により町田電設に対し実際に支払つた修理費については、その限度で被告森口が町田電設に対して免責されるので、その分を不当利得あるいは第三者の弁済による求償として同被告に請求するのならばともかく、不法行為による損害賠償としては認めることはできない。
二、休業による損失
〔証拠略〕によると、原告は、事故当時前記町田電設に電工として勤務していたもので、事故前三カ月間の平均給与額は一日金一六二八円二〇銭であつたが、本件事故により五九八日間休業し、その休業期間中は労働者災害補償保険から給与額の六〇%の支給を受けたほかは給与を得られなかつたことが認められる。そうすると、原告は、右休業期間五九三日(原告の主張の日数による。)分の一日金一六二八円四〇銭の四〇%相当額の割合による合計金三八万六二〇九円の得べかりし利益を失つたことになるので、これを本件事故によつて原告の蒙つた損害として認めることとする。
三、入院中の諸雑費
原告主張の金額についてはこれを認むべき証拠はないが、入院中は治療費以外に種々の雑費の支出を要することは当然であり、現在の物価情勢と一般の入院患者の生活状況に鑑み、経験則上入院中は少くとも一日金三〇〇円程度の諸雑費が必要であるものと認められる。そうすると、原告は、本件事故により、前示認定のとおり合計三八一日間入院していたので、一日金三〇〇円として合計金一一万四三〇〇円は必要であつたものと認められるので、その範囲内である原告主張の金九万六七二円は、これをそのまま認容することとする。
四、通院のための交通費
〔証拠略〕によると、原告は、奈良医大付属奈良病院へは電車とバスを利用して通院し、片道金五〇円の交通費を要したこと、また行岡病院へは近鉄電車と国鉄電車を利用して通院し、片道金一三〇円の交通費を要したことが認められる。そして、前記認定のとおり、奈良医大病院への通院期間は全部で二一〇日になるが、それから休院日である日曜、祝日(年末年始の六日間を含む。)合計三六日を差引くと実通院日数は一七四日になるので、一日往復金一〇〇円として金一万七四〇〇円の交通費を要したことになる。また、行岡病院への通院期間は前記のとおり二七日間であり、その間に日曜日が三回あるので、これを差引くと実通院日数は二四日になり、一日往復金二六〇円として合計金六二四〇円の交通費を要したことになる。以上を合計すると通院に要した交通費は全部で金二万三六四〇円になるので、その範囲内で原告主張額の金一万六〇五〇円の限度で損害賠償を認めることとする。
五、慰謝料
前記認定の本件事故の態様、被告森口の過失の程度、原告の負傷および治療経過、後遺障害、原告の職業、年令等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては金二〇〇万円が相当である。
六、弁護士費用
原告が、弁護士布井要太郎に本件訴訟の訴訟代理を委任したことは訴訟上明らかであり、〔証拠略〕によると、原告は右弁護士に対し、着手金八万円をすでに支払つたほか、本訴訟における請求認容額の一割ないし一割五分を報酬として支払うことを約したことが認められる。しかし、本件事故による相当因果関係内の範囲内の損害として弁護士費用を認めるには、原告の契約報酬額にかかわらず、本訴における請求認容額を基礎とし、本訴訟の事案の内容と訴訟代理人の訴訟活動に照し適当な金額を算定すべきであるが、本件の場合、前記弁護士費用以外の請求認容額は金二四九万二九三一円であり、これを基礎として考えると、本訴における弁護士報酬としては金二五万円が相当であると認めるので、その限度で損害賠償を認めることとする。
七、結局、被告森口に対する損害賠償認容額は、以上の二ないし六の各項の合計金二七四万二九三一円となるから、原告の同被告に対する請求は右金額およびそのうち弁護士費用を除く金二四九万二九三一円に対する不法行為の日の翌日である昭和四一年九月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の限度で認容することになる。
第六、結語
以上の理由により、原告の被告日立クレジツトおよび同奈良家電に対する各請求は全部失当であるから棄却することとし、被告森口に対する請求は前記の限度で認容できるが、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋史朗)